おっさんのようにビールを飲む姿で
好きだった人との再会を果たしました。
薬を飲む日は先生が弾くピアノの上に薬をちょこんと置かれていた。
オレンジ色で癖になる味の薬だった。
ワイドショーを楽しみにするくらいしか
楽しみが何もなかった。
やんちゃだったぜあの頃は
振り返れない。
振り返らない。
公園で遊ぶ姿をケーブルテレビで垂れ流されてました。
アイドルだった3歳くらいは。
それが人生のピークだった。
ギターが趣味の父とピアノが得意な母から産まれたのが
14歳でピアノを弾く事を放棄した娘と
大学でバンドを組んでいる息子です。
あぶらまみれのピラフを好んで食べていたのが
ちょうど17年前だと思います。
じいちゃんちの冷蔵庫にはオロナミンCとファイブミニが必ずあった。
たまにファイブミニプラスがあったけどそれはよけて飲んだ。
算数で28点とった過去は小さく折り畳んで消しました。
アルバムの中の私はポッキーを笑顔で食べていました。
全前歯虫歯の私は笑顔でした。
赤い花の蜜を味わい花びらをすてていた私は
数学の時間に窓の外にアメの包み紙を捨てるようになった。
ごめんなさい
混んでいるガストでは何も言わずに
そっと偽名をつかうのです
海の町で育った私が宣言していた「海は嫌い」宣言は
今ここで撤回します。
昔ロマンスステーションというロマンチックな名前のレストランがあった場所を
右に曲がってまっすぐ行ったところが実家です。
高校1年生
自転車に乗って放課後の町を走り抜けた。
出川哲朗のモノマネをしながら。
何ヶ月かぶりに家に帰ると庭が芝生になってた時の
衝撃と戸惑い
気に入っていた木の跡形もなんにもない。
梅田からの距離は、
2時間程です。
トイレを我慢する限界に近い距離が地元です。
実家で必ず感じるホームシックの件は忘れようと思う。